第155回

短編小説第155回となります。

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 萠(めぐむ)は、中学生にして、一人の先輩を好きになった。
 それまで話したこともなかったので、押しかけるようにして友達になってもらった。仲良くなってからは、毎日電話をかけた。
 先輩と話していると、萠は時間を忘れた。知れば知るほど好きになった。告白しなかったのは、この時間をずっと手元においておきたかったからだった。
 しかし二人には学年差があった。先輩は先に高校に上がり、まだ中学の萠とは時間が合わなくなった。
 萠は、自分が先輩の重荷になっていることに気がついた。時間をとらせることが心苦しかった。
 萠は一旦身を引き、先輩と一緒の高校に行こうと決意した。懸命に勉強を始めた。
 あまりにも遠い目標だった。先輩が選んだ高校は、萠の学力が届く範囲になかった。
 萠は、くじけそうな時、先輩と過ごした時間を思い出し、胸をときめかせた。想えば想うほど、淡い記憶は増幅された。先輩のことを考えていると、幸せだった。
 合格した萠は、真っ先に先輩の所へと向かった。
 先輩は萠のことを憶えていなかった。その存在を忘れていた。
 たった一年、離れていただけなのに。あんなに仲良くしていたのに――。萠は、先輩が冷たくしているのかと思い、落ち込んだ。
 しかし先輩は、萠との再会(出会い)を喜んでいるようにも見えた。
「君みたいなカワイイ子が入学するなんて、ラッキィだなぁ」
 どうらや先輩の記憶からは、萠との思い出がなくなっているようだった。
 萠は訝しんだ。私の先輩との思い出は、これほどまでに膨れ上がっているというのに、先輩の私との日々は、どこに行ってしまったのだろう――。

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短編小説第155回、テーマ「盗る」でした。


読み返すと、若干ストーカっぽいです、萠ちゃん。
まあ、「盗る」というテーマには、ちょうどいい主人公かもしれません。
そして、ちょっとアホっぽいなぁ、先輩。

Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)