短編小説第106回

短編小説第106回となります。
またアップのタイミングがズレてしまった。
気がつけば12月です。

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 行ってきます、とドアを開けた瞬間に有季(ゆうき)の姿は、家の中から見えなくなった。今度遅刻すると、いよいよ職員室にお呼びがかかる。それは結構リアルなピンチだ。百メートルを三秒で走る気持ちで、有季は毎日中学校に駆けていた。
 中学校は、この街で一番大きな川を渡ったところにあった。架かる橋もとてつもない長さ。どんなにショートカットしても、ここだけは短縮できない。
 有季は、この橋の中央まで来ると、ふと、駆け足のスピードを緩めた。顔を横に向ける。河口に近いこの橋からは、海が見えた。
 夏の過ぎたさみしい海……が、見たいわけじゃない。
 この前の台風で生まれた小さな中州。地理で習った三角の形をしていた。
 いずれ立派な三角州へ成長し、立派な地形へと発展するのかもしれない。
 二つに分かれた川は、どちらかが本流と呼ばれるようになるのだろう。有季は、切なくなって小さな胸を押さえた。
 もともと、区別なんてなかったのに。支流にされた方は、そうなることを望んでなかったのに。……違う? もう分断していたから、あの三角は生まれたのだろうか?
「おーい。早くおいでー」
 渡りきった向こうで、見慣れたおかっぱ頭が手を振っていた。中学校に上がってからの親友。大切な仲間。頭一つ、背の高い彼と並んでいる。
 今年一緒のクラスになった男の子。
 今年やっと、一緒のクラスになれた男の子。
 ……横顔を追っているのは、自分だけだと思っていた。
 三角はできつつある。
 どうすれば、分断されないで済むだろう。
 どうすれば、大きな三角にならずに済むだろう。
「おはよー」有季は二人の間に飛び込んだ。

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短編小説第106回、テーマ「デルタ」でした。
書いた本人としては、結構好きな話なのですが、いかがでしょう。


ちなみにこの登場人物で「あめふらすシスター」という長篇を書いたことがあります。
知る人ぞ知る。