第178回

短編小説第178回目です。
原稿自体は、もちろんだいぶ昔に書き上げていたのですが、掲載するのが、すっかり遅くなってしまいました。
なんと、5月からまったく掲載していなかったのですね。

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 この宇宙空間に近いこの場所からは、太陽は地上よりもはるかに激しく輝いて見える。
 光を反射して輝くというこの星だったが、逆に他の星からは、どう見えているのだろう。光が屈折して、案外丸くない不思議な形に見えているのかもしれない。博士がそんなことを考えていると、後ろのベッドで、誰かが起き上がった。
「大丈夫かい、トニーニョ? 汗ビッショリだ」
「不思議な……いえ、悲しい夢を見ました」透き通る肌の美しい青年、トニーニョは答えた。
「教えてくれ」博士はトニーニョにペンを渡す。彼らが特徴的な夢をみた時は、いつもレポートしてもらっていた。
 左手でペンを握ったトニーニョは、しばらく悩み、やがて首を振った。「……ただ、悲しいとしか」
「じゃあ、話してくれ。思い出せるだけでいい」
「僕が、地球にいるんです」
「地球に……かい?」
「ええ、おかしなことです。人類が地球を去ったのは、もうずっと昔の話だというのに」
 博士は頷いて、少し考えた。「その、地球にいるという君は、利き腕はどっちだった?」
「利き腕? 確か、右手でしたね。それが何か……!」トニーニョの美しい顔が、今度は驚きと失望に歪んだ。
トニーニョ、君もここに来て長かった。だけど、ようやく自分が見えたようだね」
 博士が言い終わるよりも前にトニーニョの姿は消えていた。
 彼は、実物ではなく反射した光が映し出す蜃気楼だった。
 博士は望遠鏡から、遠い水の星を覗いた。
 光を反射して輝くこの星では、見えないはずのものが、見えることがあった。
 次は、どんな地球人が見えるだろうか。博士はじっと望遠鏡を覗き込んでいた。

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短編小説第178回目、テーマ「月」でした。
今読み返してみると、「月」というよりも、「反射」と言った方がよかったかもしれません。
後半力尽くでもっていった感じがしますし。
Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)