第177回

短編小説第177回目となります。

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 遠くに見える一本の樹に、赤い実がなっているのを、神様はふと気づいた。それはとても大きくて、まるまるとした実だった。
 神様は、その実が一体何の木の実なのか気になったが、土地を守っている以上、そこを離れるわけにはいかなかった。神様はずっとその赤い実が何なのか、気になっていた。
 ある日、お友達の女の子を傷つけてしまったという猫が神様のもとにやってきた。
 猫は女の子の元気のない姿が心配で、食事もロクにとっていない様子だった。
「お腹がすいていては、悪い考えしか浮かばないよ。それをおあがり」
 神様は、自分へのお供え物を差し出した。
 その年は山火事が起こり、お供え物は例年より少なかった。
「神様のお供え物をいただくなんて、できないよ。神様が召し上がる量が減っちゃうじゃないか」
「問題ないよ。霞を食って生きるのが、あー、それ仙人だ」
 渋る猫に神様は言った。「お前が元気になった暁には、私に何か持ってきてくれるかい? それでチャラにしよう」
 お供え物に上がるような立派な物を食べた猫はすぐに元気になり、前向きになった。
 猫が真っ先に行なった行動は、神様へのお礼だった。
 神様は後悔した。本当は傷つけたという女の子の元へ行ってほしかった。
「神様、これを食べて。赤くて丸くて大きくて、とてもおいしそうだよ」
 猫は、何が価値があるものなのか、どれがおいしい食べ物なのか、全然知らなかった。神様が見る限り、それは食べ物ではなかった。神様は、それがとてもうれしかった。
「そうだね。それはとても大事なものだ。だから、君の大切な友達を呼んで披露しなくてはね」
 猫が持ってきたのは、真っ赤な風船だった。

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短編小説第177回目、テーマ「果実」でした。

Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)