第176回目

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 兄の何が頭に来るって、得意気に報告してくることだ。
 まるで、でかい魚でも釣り上げたかのような勝ち誇った顔で、どんな話が妻にウケたのか、逐一伝えてくる――。
 米田(ヨネダ)が兄を信頼できなくなったのが、いつからなのか、本人ももう覚えてなかった。
 確か、中学生ぐらいの時だったか。激しいケンカをした記憶があったが、それがきっかけかどうか、もう定かではない。
 結婚が決まり、妻を家族に紹介してからのことだ。兄は、なにかと理由をつけて米田に絡んでくるようになった。米田の住むアパートにちょくちょくやってきては、妻に米田が小さかった頃のことを、妻におもしろがって話した。
 そういう時の兄は、釣り帰りだから、大抵酔っ払っている。
 つまり、帰れと言ってもなかなか帰らない。
「いい加減忘れろよ、そんなことは!」
 思い出話は、米田にとって名誉なものは、なかった。
 いくつになるまでおねしょをしていただとか、自分の方がかけっこが速かっただとか、兄という立場を利用したものが多かった。
「さっさと帰れ、このろくでなしが!」
 最終的には、いつも米田が怒鳴り声を上げて、兄が重たい腰をあげていた。
「もしもし、あ、お義母さん?」米田が就寝すると、妻は二人の母に電話をかけた。
「ええ、お義兄さん、釣りに行ったみたい。……ええ、今日も結果は芳しくなかったみたい」
「いつになったら、あの子は許してあげるのかねぇ」電話の向こうで、母はため息をついた。
「逃した魚は、大きいって言いますしね」
 妻は米田の眠る寝室に視線をやった。義兄がしかける針は、まだ米田に届いていないようだった。

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短編小説第176回、テーマ「釣果」でした。
たぶん、ずっとつれない……。