175回目

短編小説第175回目です。
時々、なんかいめなのか忘れるくらいには、たくさん書いてますね……。

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「あー、ごめんごめん。なんだークーラー付けてればよかったのにぃ」
 一人暮らしを始めた姉と会うのは、三ヶ月ぶりのことだった。
 小さな六畳間は、可愛らしく雰囲気に仕上がっている。遅れて帰ってきた姉の姿を見て、違和感の正体はわかった。
「お姉ちゃん、きれいになったね……」
「おーっと、言うようになったじゃない」
 昔からきれいな人ではいた。化粧の腕を隠していた姉は、別人の如く輝いていた。
 少しさみしかった。
 しつけの厳しすぎる家に生まれたせいで、姉とは単なる姉妹以上に助けあって生きてきた。その姉が精神的にも、どこか遠くに行ってしまったように感じた。
「一人暮らしを始め、私、ようやく解放された気がする」訊いてもないのに、姉は語り始めた。
「でも、いつかは見つかるよ」
「あんたも、出てくればいいのよ」
「ううん。私は結局こうしているのが居心地がいいから」
 新品のはさみ、マウスのないノートパソコン……。部屋には、姉の生活している様子があった。うきうきと、生活用具を揃える姉の姿が目に浮かんで、胸が苦しい。
「ずっと自分を抑えつけて生きて行くつもり?」
「お父さんも言うとおり、その方が生きやすいじゃない」
 姉の眉間にしわが寄ってきた。そろそろ帰ったほうがいいだろうか。
「だって、ここでは私、正直に暮らしていても誰も怒らないもの」
 姉が唇を噛み締める。左手に持ったコンパクトミラーを折りたたんだ。
 左右が逆の世界にいて、姉と再会できるのは、今度はいつになることだろう。
 しばらくは右利きに見える世界で、両親を騙し続けるつもりだ。

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短編小説第175回目、テーマ「ぎっちょ」でした。