第132回

短編小説第132回となります。
そういや、バレンタインデーとやらが、近いですね。
季節的には、ちょうどいいお話しかもしれません。

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 その大学には、女王様と奴隷と噂されるカップルがいた。
 そのいわれがふさわしいか、どうかは、一見わからない。しかしよく観察してみると、彼女の傍若無人なわがままを彼氏が盲目的にきいていた。その程度は、やはり目を見張るほどの異常さがあった。
 彼女は美しかった。白く済んだ顔に赤い唇が魅惑的だった。彼氏は割を食ってばかりなのに、二人が別れる素振りはなかった。
 学内には、別れられない理由がさまざまな想像となって飛び交った。
 彼女は外では甘えているだけで、家では優しい女に変身するのだ、と誰かが言った。いや、セックスが素晴らしいのよ、と違う誰かが言った。下の方を骨抜きにされているから、彼は逆らえないの、と下世話に言った。何人かは笑った。
「ひどい。根も葉もない嘘よ」
 男子学生が、面白半分で性的な付き合いを尋ねた。彼女は、ショックを受けた。
 自分はまだ処女で、彼とはキスまでしかしていない、と涙を流して否定した。悪ふざけでからかっていたたっだので、誰もそれ以上訊くことはなかった。天然でお嬢様気質の彼女と凡庸で愚かな彼氏だから、上王様と奴隷に見えるのだろう。そう落ち着いた。
 そのカップルが再び話題に上がったのは、彼氏が死んだからだった。
 亡くなる前には、異常なほどやせ細っていたのだが、彼女と付き合っている以外に特徴のない彼氏は、皆にそれを気づいてもらえなかった。また、悲しむ者も少なかった。
 以前彼女に対し、性的な関係を尋ねた男子生徒は、これはチャンスと睨んだ。
 あの二人は、キス止まりのままだったはずだ。自分が彼女の“初めて”になれる。
 そう目論む男が、山ほどいた。
 彼女の肌は磨きがかかって白く、赤い唇は血の色のようにさらに鮮やかに輝いていた。

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短編小説第132回、テーマ「キス」でした。


あー、100回超えたからこそ、こんな王道のテーマでも挑戦してみることができるんだなぁ、と。


Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)