第131回

短編小説第131回となります。

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「なんだ、君も来たのか」
 汚い湯飲みに濁ったお茶だった。出してくれたのは、独裁者(まおう)だった。
「あなた自ら働くのですか?」
「ああ。見ての通り、ここには、もう誰もおらぬ」
 見渡すまでもなかった。独裁者がいるこの狭い部屋は、シンと静まりかえってねずみの足音さえ聞こえてきそうだ。風がぶつかった窓がガタガタと揺れる。勇者はあたりを注意しながら尋ねた。
「僕らがストライキを起こす前に、もうストを起こされていたわけですか」
「これもストライキというのかね……。まあ、今の我は、兵に逃げられた状態だ。だが、何もリアルで兵力を揃えることが、大事ではないんじゃないかな。我には、まだまだ影響力がある」
 口は達者だ。しかし覇気がなかった。今回のことは、さすがにこたえたのだろう。
 勇者にとっては、独裁者が一ヶ月間一人暮らしが可能だったことの方が驚きだった。『城』は荒れ放題だったが……。
「その、リアルの兵からそっぽを向かれたことはわかってるんですよね。いつまでこんなことを続けるつもりですか?」
「じいやが死ぬまでじゃないかな」
 独裁者は、引きつった笑みを見せる。勇者が来たことである程度の察しはついているのだろう。期待半分煩わしさといったところか。やはりこの男の生命線、弱点は、両親だ。
「私が来たのは、親御さんからの依頼でもあるんですよ」
「ほう、なんと?」
「決まっているでしょう。IDサタン、さっさとこの部屋から出て、仕事をしなさい!」
 勇者が請求書を突き出すと、独裁者は奇妙な笑い声を六畳間に響かせた。
 ダメだ、支払う気がない――。勇者は893をコールした。

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短編小説第131回、テーマ「ストライキ」でした。
これを書いたのはずいぶん前ですが、つい最近のことのようだ。


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