第117回

短編小説第117回です。
気がつけば、一週間更新してませんでした。

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 帰省シーズンというものが、鮭の世界にもあるようだ。
 ここにケイジという一匹の鮭がいる。そろそろ生まれ故郷に戻らなければいけないのだが、踏ん切りがついてなかった。
 連れがいないのだ。
 年頃のケイジだったが、手ぶらなので帰れない。オスの鮭の独り身帰省は、なかなかにハードルが高いイベントとなる。
「どっかに女泳いでねーかなー」
 今日もくだを巻いていたところに母親から電話がかかってきた。
「え、まさか! 母ちゃん?」
「そうだよ。ケイジ、元気かい?」
「母ちゃん、死んでるはずだろ?」
「あの世とこの世で通話できる電話を買ったんだよ」
「鮭が喋ってるのに、細かいこと言うなって話か……」
「あんた、帰ってこれないって本当かい? 脂身ばっかりだから、モテないんだよぉ」
「うっせえな、ほっとけ」
「そろそろ年貢を納めないと、シーラカンスと間違われるよぉ?」
「だからさ、もう一年粘ればなんとか……」
「毎年そう言ってきたんだろぉ? どうするの、あんた童貞のまま海でおっ死ぬよぉ?」
「ド、ドーテイちゃうわ!」
「嘘くさいねぇ。こういうのホーリツ的にナシなんだけど、あたしが一肌脱ぐかねぇ」
「何の話?」
「お母ちゃん、そっちで生き返ることにしたから。しっかりゲットしておくれよ」
「ちょちょちょ、母ちゃん?」
「寝床はきれいにしといてくれ」
 電話口からファンデーションを叩く音が聞こえた。母は帰ってくるつもりのようだ。”こちら“に。盆でもないのに。
 母ちゃんと関係を持て、とでも言うのだろうか。ケイジは、尾びれをえらで抱えた。

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Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)

短編小説第117回、テーマ「帰省」でした。