第109回

短編小説第109回となります。
前回は、実はとてもよい評価をいただいたと思っているのですが、どう なんでしょうか。
少しずつでもうまくなっていければなぁ、とは思っています。

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 早朝の空は、天気の判断を狂わせる。
 雨にならないうちに、一時間でも長くこの空気を味わいたい。
 じっとりとした湿気を切り裂いて、ルアーは飛翔、水面に着水した。
 森は静かで、水面は優しい。身体には感じない柔和な風が、釣り糸を 緩くなびかせた。
 池に向こう側に中学生くらいとおぼしき少年の姿を見つける。帽子を かぶって、自分と同じように釣り糸を垂らしていた。
 遠い顔は、はっきりとは捉えられない。背格好、まとっている雰囲気 が、雄弁に彼のアイデンティティを示していた。
 休日ともなれば、いつもここにやって来る無言の知り合い。
 横に並んで、話の一つでもしてみたいが、実行に移してはいない。
 お互いに気恥ずかしいのだ。いつか、肩を並べてお互いの釣果を語り 合う。そんな日が来ればいい、そう思っていた。
 こっちは、もう一年以上、彼のことを知っている。
 三十分以上もの格闘の末、尋常でなく大きいブラックバスを釣り上げ たことがある。
 池のほとりで足を滑らせて、ずぶ濡れになったこともあった。
 思い出深いのは、ガールフレンドと一緒にこの場所に来ていた時期だ。
 はじめ物珍しそうに彼を見つめていた彼女は、瞬く間に釣りを覚えた。
 仲良さそうに並んでいたのに、いつの間にか二人は一緒にいることを やめた。
 いろいろな事情があって、今は一人で釣り糸を垂らしている。少年の 胸の内を、覗いてみたかった。
「友達でも、ダメなのかな……」
 あれから、彼は話もしてくれなくなった。
 再び恋人同士に戻れることは、期待していない。いや、口に出しては 望まない。
 今の関係は、ただひたすらに悲しかった。

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短編小説第109回、テーマ「友達」でした。
前回のほのぼの(?)した感じを見せておいて、これです。
そういうのが、楽しいです。