第96回

短編小説第96回です。
友人から、「短編小説だけが読める一覧ページがほしい」と、リクエストがありました。
……確かに。

                                                      • -

「女手一つで切り盛りしてるって話でしたけど、恋人がいたみたいですね」
 部下は部屋を見回し、初見を述べた。勘のいい彼のことだ。その恋が、まっとうなものでないことにも、すぐ気づくだろう。
 今年は冷える。平和な時代は過ぎ去ったのだろうか。今日も雪が降っていた。通りの多い路面店で起きた殺人事件に、野次馬も興奮気味だ。誰も彼もが、自分を見ているような気がした。
「神原(カンバラ)さん、コーヒーどうぞ」
「あ、ああ……。ありがとう」
「外傷はまったく見あたらないっすね、こりゃコロシは、ないかなぁ」
「だな。心臓麻痺……」
 だと、いい。ガイシャが自分の愛人だとバレたときには、どんな疑いがかけられるだろうか。殺してはいない。邪魔に思っていただけだ。
 部下がこちらを見て不思議そうな顔をしていた。
「神原さん、どうしたんですか? 今日おかしいっすよ?」
「な、何が、だ?」
「いつもはピシってしてるのに、今日は毛玉なんかつけちゃって」
「え、毛玉? あ……」
 昨日は家に帰っていない。ここで夜を明かした。毛玉は、出かけ間際に妻が無理矢理持たせてきたセーターについていたものだろう。……この店に置きっぱなしだった。
「あ、鑑識が呼んでますよ。え、感電死?」
 出かける前に、妻は、なぜか火打ち石をかざしてきた。
 激しい摩擦によって飛び散る火花が、目に焼き付いている。
「神原さん、風邪じゃないですか」
「……コロシでは、ないと思うぞ」
 そんな馬鹿なことが――。平和な時代は過ぎ去った。ただ、震えるしかなかった。

                                                      • -


短編小説第96回、テーマ「毛玉」でした。
Macを10.5.2にしたら、GIMPが動かなくなった。
「プレビュー」だけでも、結構いろんなことが出来るもんだな。