第92回

短編小説第92回となります。
いよいよ大台に向かっていますが、今年初めと言うこともあり、あんまり奇をてらった感じにはしないようにした覚えがあります。

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 夜中になると、雪が強くなってきた。これは遭難だ。死ぬかもしれない。ヒロシは、気を失いそうになった。「寒い。しかも暑い。……眠たい」
「ヒロシ、寝るな! 寝たら死んでしまうぞ」
 妹は……元気だろうか。
「頑張れ。俺はちまきを食さなければ、死んでも死にきれんのだ」
ちまき……そうだった」
 こんなところで死ぬハメに遭っているのは、この倉永(くらなが)のせいだった。ヒロシはぼんやりとしてきたまぶたに、今日の昼過ぎを思い浮かべる。
 ――がんばってください。
 倉永は、またウチに遊びに来ていた。台所にあったちまきの山と、一通のメモを見つける。妹のハルカに想いを寄せている彼は、この楷書が彼女のものだとわかった。
「こ、これは差し入れか? そうだろヒロシ?」
 差し入れされるほど、何を頑張っていたというのだ。ヒロシはとりあえず倉永を制する。戸が開いて妹が現れた。
「ハルカさん! これは僕のために作ってくれたんですよね?」
「いいえ」妹はあっさりと首を振った。「ちょっと出かけるときの夜食に作っておいたんだけど、お兄ちゃんたち、代わりに食べてもいいよ」
「……倉永、ここはどこだ。地獄か? いや、戦場か」
 巻き込まれたヒロシは、コミケなんて未知の世界に連れてこられていた。
 倉永はカセットコンロでちまきを温め始める。上機嫌な彼は、コンロなんて持たされていることに違和感を持っていない。こいつを操るための罠は、大成功か。
「さあヒロシ、英気を養おうぜ!」
 自分は、また妹との抗争に負け、さらなる戦いに繰り出された。
 ちまきは、塩味がした。空気は臭かった。

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短編小説第92回、テーマ「ちまき」でした。
時々自分で選んでいるテーマをどう処理していいのか、途方に暮れてしまうことがあります。
まあ、90回もやっているんだし、多少はこなれてこなきゃ、ね……。