第89回

短編小説第89回です。
また遅れた。

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 北海道で酪農を営んでいるとのことだった。牛舎には干し草が散らかり、彼女は牛のためにそれをかき集めていた。
「いずれ見つかるだろうと、思っていました」
 もう六十歳を越えているとはいえ、ひどく年老いて見えた。写真でしか知らなかった彼女。赤かった頃のカリスマは、まるで感じられない。なるほど。別人になってしまえば、隠れる必要などなかったのだ。
「四十年前のこと、話していただけますか?」
 脅す必要はなかった。すでに覚悟を決めていたようだ。とある組織が計画した飛行機爆破事故。見事成功させた彼女は、組織からも消息を絶っていた。
「死んでもかまわない、と思って乗り込みました。我々の新しい価値、その模範を示すつもりでいたのです」
「当時生まれたばかりのお子さんがいたはずですね?」
「そう。あの子にも記念すべき一瞬を味あわせたかったのです。それがいけませんでした」
 飛行機には二人の赤ん坊がいた。一人は死亡。一人は生き残った。
「あの子も生き残ったのです。母としての喜びと共にわき起こったのは、自分のしでかしたことが、大きさでした。この子には、普通に生きてほしい。顔にひどいやけどを負っていたため、あの子と他のお子さんをすり替えたのです」
 あなたの頬の痣はもしかして――? 答えはとっくに知っているのだろう。彼女は悲しそうに目を細めた。
「母から受け継いだものです。母は生後に傷を負ったと言ってましたが、不思議な遺伝があるものです」
 銃を構える。
「あなたも組織に?」
 答えなかった。彼女は単なる裏切り者でしかない。
 干し草の上に血が散らばった。

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短編小説第89回、テーマ「ストロベリー」でした。
……。
非常に難しかった。
いちごパンツとか、100%的なことを書いても良かったんだけど、
どうにもなっとくいかなくて、
こんな訳のわからない感じになった。
次は「リ」で始まる言葉でがんばります。
Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)