第87回

最近は日曜日にアップしていた短篇小説ですが、
1日遅れました。
第87回です。
「れ」で始まる言葉です。
書いてますよー。

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「理恵(リエ)さん、お疲れ様」
「おばあちゃん、どうしたの、こんな時間に」
もう午前二時になろうかという夜中。一息ついていると、妙(タエ)が起きてきた。
「これを是非見せたくて、待ってたのよ」妙はカメラ付きの携帯電話を取り出す。歳の割に、こういった機械類に抵抗を示さないタイプだ。画面には二、三歳とおぼしき小さな女の子が映っていた。
「こういのはね、ずっととっておくのものじゃないのよね」
「どういうこと?」
「デジタル写真って、色あせないでしょう? 思い出がそこで止まってしまうのよ。この子も大きくなって、子供を産むような歳になっているってことを、ついつい忘れちゃうの」
「劣化しないのが、デジタルのいいところだもんね」
「色あせさせなきゃいけないことだって、あるのよ」
「何か、言いたいことがあるの?」
 沈んだ口調になってきた妙を、理恵はいぶかしく思った。こんな時間まで待っていて、何を訴えようとしているのか。丈夫さだけが取り柄と、うそぶいていたはずだが――。
「あなたが何か悲しい思いをしているような気がしてね。忘れなきゃいけないこともある。少しでも力になれたらって」
「おばあちゃん……」
見抜かれていたのか。最近の自分は、確かに消沈していた。止めたままでは、時間が解決することだって、ままならない。
前に進まなければ――。理恵は顔を上げる。
「今日はどこのお子さんを撮らせてもらったの?」
妙はずっと子供がほしいと願いながら、結婚できなかった。痴呆を患い、このケアホームに入所したのが、先月のことだ。一人子守歌を歌い始めた妙を、理恵は寂しい気持ちで見つめていた。

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短篇小説第87回、テーマ「劣化」でした。
「烈火」じゃなくて。
Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)