第74回

短篇小説第74回です。
最近小説系のダイアリにスターが集まっているみたいで。
うらやましかったり。

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 頬をつたう汗がいやに冷かった。冷酷な感情がそのまま表れているのか。地獄に細くつらされた糸。つかまっているのは自分一人かと思いきや、はるか眼下に娘の姿が見えた。
「まだ、邪魔をするの?」依子は独り言のように呟いた。糸の向こうにある光がさっきより大きい。出口はもう少し。だが、この細さでは二人分の重みに耐えきれないだろう。
「もともと、あんたのせいで死んだっていうのに……」
 二人は事故を起こし、そのまま他界していた。十六歳で生んだ子供。自分と同じように十六の歳で男を作るまではいい。それが自分の恋人でないならば――。
「生まれなくてよかったのに」
 事故は依子自身が起こしたものだ。彼女は自分の娘に対して、人並みの感情を持てない。……持ちたいと思ったことがない。
「あんたが生まれたせいで、遊ぶ暇もなかった。仕事もうまくいかない。全部お前のせいだ。やっと手がかからなくなってきたと思えば、色づきやがって」
 依子は足の指を開き、糸をつまむ。太さは髪の毛ほどもない。少し力を入れただけで、あっさりと切れた。
「もう一回殺してあげるわ」
 有名なあの話通りならば、これでは自分も助からない。それでもいい。恨みが晴らせれば。だが、体は落ちていかなかった。
「あ、れ……?」依子はまわりを見渡す。重みをなくした体が、糸から離れ宙に浮かんでいた。落ちていかない。
 不思議な感覚、心には情熱がなかった。
 いつも、邪魔でしかなかった娘の存在。いなくなればこの上ない幸せがくるものと思っていた。なのに、何も思わない。辛くはなかったが、楽しくもない。
「……どうでも、よくなったわ」
 彼女はただ覇気のない自分を感じ、地獄へとその身を漂わせた。


Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)

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短篇小説第74回、テーマ「浮き」でした。