第72回

短篇小説第72回です。
今回も昔の写真を使い回ししてますが、
「あれっ、キャッシュかな?」って思われた方、
そうではありません。
フォトライフの容量節約です。

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 上空は快晴。雲一つない……とは言うが、雲ばかりを眼下に従えた青空は、さすが飛行機。遠く、久しぶりの海外旅行。三十年近く連れ添ってくれた妻へのささやかなプレゼントのつもりだった。今でも変わらない瞳は、遠く窓の外を見つめている。そこに、若い頃の面影が映っているのかもしれない。
「ねえ、あれって……?」妻が袖を引っ張ってきた。窓をのぞき込むと、あの頃掴み取ることのできなかった勝利が浮かんでいた。
「そんな、なぜ今頃になって」
 勝利は静かに佇んでいる。気のない素振りをしているが、明らかに私を意識していた。
 まぶしい――。私は思わず眉をしかめた。こんなところにあったのか。昔はかけらさえ見えなかった。
 勝利は神々しい星の形をしていた。球形ではない。漫画で見かけるスター、五角形を形取ったものだ。実に象徴的。
「考えちゃ、ダメよ?」妻が心配そうな声を漏らした。
「ああ、分かってるよ」私は首を振る。片手をあげて安心させた。
 若い頃ならば、もっとときめいていただろう。勝利のあで姿を横目に入れる。
 私にはもう必要のないものだ。心を落ち着かせようと努力した。
 しかし腹の底がざわめく。今なら、手に届く距離じゃないか。我慢がならなくなった私は、妻の前に腕を伸ばし、勝利の浮かんでいる方角に向かわせた。
「あなた!」
 もちろん、飛行機の窓ガラスは開閉式ではない。堅い音を立てて爪がはじかれる。勝利は憎たらしい笑みを浮かべふわふわと漂うと、次第に遠ざかっていった。
「もとから、手に入れることはできないんだな」私はつぶやく。
「遠いものなのよ、ずっと。……ずっと」妻は私を抱きしめ、小さく囁いた。

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短篇小説第72回、テーマ「遠く」でした。
久しぶりに形容詞的なテーマが回ってきたのですが、
「〜しい」で終わってしまうと、しりとりが
きつくなってしまうので、(しょっちゅう「い」に
なってしまいそうで)「遠い」ではなく「遠く」にしました。