第22回

短編小説第22回。
昔のものの移しですね。

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 正月も6日を過ぎると、人込みどころか、神職一人見当たらなかった。サトルはコートのポケットに手を突っ込み、参道の砂利を楽しむ。白い息の消えた先に、たくさんの絵馬がかかってあった。
 静止し、もう一度歩き出す。ゆっくりと近づく受験の祈願に、胸がしめつけられる。積み上がった絵馬の中、本心が定まらないまま手を入れた。
「自分の名前とか書いて、恥ずかしくないのか?」
「本当に叶うのなら、これくらい安い物じゃない?」
 18歳の麻実が書いたものは、意外なほど簡単に見つけられた。
「そんなものか?」
「別にサトルの名前書いたわけじゃないから、大丈夫だよ。私の名前だけ」
 振り返る麻実。その笑顔がさみしそうだった理由を、23歳のサトルは、ようやく把握する。握りしめる手が、だんだんと震えてきた。
“一緒の大学合格”
 あの頃と変わらない麻実の筆跡。色あせて、やっと、サトルの目に映る。
「バカだな、ホント。ちゃんと言えっての」
 目頭を押えると、空白の時間が目頭に焼き付いた。
 麻実は遠慮していたのだ。高鳴る心臓は、後悔を刻み込む。俺は自分のことしか考えてなかった。麻実を思いやるには、幼すぎた。自分には手の届かないハードル、相手には重たすぎる気持ち――。そんなことばかりを考えて高校3年の冬を過ごしていた。
「ばっかじゃ、ねえの!」
 絵馬を引きちぎる。叫ぶと咽がからからになった。古ぼけてしまったこの絵馬に、過去を取り戻す力はない。だけど、新しい願いを押し込めるだけの余白はあるだろう。神社を走り出た。

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短編小説第22回、テーマ「絵馬」でした。
しりとりとはいえ、絵馬なんて
マイナなものをテーマに選んでいたのか。
つか、「重たすぎる」って、ヲイ……。