第14回

短編小説第14回、昔のものの移しです。
この話は結構好きだな……

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 その後ろ姿をずっと見守ってきた。智絵は在りし日の彼を思い、そっとため息をつく。
 バッティングの天才。いずれ四番もその手中に収めるだろう。ルーキーイヤーでスタメンを勝ち取ってからは、当たり前のように枕詞が付く。
「俺はもう、だめなのかも知れんな」
 そんな彼を絶望に陥れたのは、ダイヤモンドをゆっくりと回る、栄光の途中だった。
「アキレス腱を切ってしまったらしい。復帰しても、プロの世界でやっていけるかどうか」
「そんなことないわ。一生懸命練習すれば、また追いつけるわよ」
 折しもその年に結婚した二人。甘い生活は、リハリビという苦い味へと変わっていく。
「だめだ。動きやしない。もう、ほっといてくれよ!」
 夫は何度も弱音を吐いては、智絵を困らせた。
「代打、ウシジマ」
カクテル光線に、智絵は酔いしれる。介護のかいあり、ついにグラウンドに戻れたのだ。以前より足取りは重く、ランナーの状況を確認する目線にはしわが寄っていても、プロのユニフォーム、あの後ろ姿であることには変わりない。尻をたたいてきた自分までもが、生き返ったかのような、幸せな高揚感に包まれた。
「おい、早くビール持ってこいよ」
 リビングからの声に、嫌々腰を上げる。まとめ買いした安酒を置いてやると、テレビを向いたままの丸い体から手が伸びてきた。
「ったく、下手くそなピッチャーだなあ」
 結局、夫は一本のヒットを打つことなく、シーズンの終わりに戦力外通告された。
 天才バッターの悲しい結末――スポーツ紙の温情な一面が、なんとも嫌みたらしい。
 仕方なかったのだ。時間が経ってしまった。後ろ姿は、復活の時にはすでにロートル。努力をしなかったから、ろがとれていた。

短編小説、第14回「grow」の「う」から、
「牛」です。
鹿ってのもありましたね。馬の方が良かったかな……

2006年12月26日追記
これは14回だったみたいです。
13回はあまりにもひどくて封印したのでした。