第52回

「スコープで顔が窺えないが、あれは、やはり……!」
 ここは軍の施設。焼却炉と嘯く、超高熱シェルタを三人の研究者が囲んでいる。シェルタは正方形の筒のような形をしており、それぞれが三方から内部をモニタリングしている。あと一方には、ダクトの口。……侵入者が現れた。
「どうする? このまま突き進んで万が一中に落ちたら……」
「死ぬな。確実に」
 侵入者は機密を盗みに来たのだろう。狭いダクトスペースで身をかがめ、体をずらすようにしてシェルタの中心部に向かっていた。大きくは動かず、流れるように、静かに……。死へ無言の舞。
「シテ! もう動くな」
 耐えきれず、研究員の一人が叫んだ。
「ハヤシ!」
 もう一人の研究員が駆け寄る。ハヤシと呼ばれた同僚の肩を揺さぶった。「もう考えるな! あいつは、あちら側の人間になったんだ。……国は二つに別れたんだ」
「仲間だった男だぞ、見殺しにするのか?」
「じゃあ、どうするっていうんだ?」
 二人はお互いに激しく詰め寄る。
「やかましいぞ」
 さらにもう一人の研究員が、スイッチを押した。ダクトスペースはシェルタ側の通用口を下に傾く。中に入っているものが、灼熱のプールへと落ちていった。侵入者も。
「なっ……!」
 二人はモニタに駆け寄る。音もなく落ちていくかつての仲間。ハヤシはシテの最後の顔を目に捕える。表情は分からない。しかし、彼のやろうとしていた事が理解できた。溶岩上の液体にシテの体が触れた瞬間、激しい爆発が起きる。
 どちらも、何もかも消えてしまえ――。後には、静寂が残った。

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短編小説第52回、テーマ「能」です。
非常に難しいテーマでした。能を観に行ったこともなく、
また、能自体も「踊り」ではなく「舞い」のため、
テーマとして使えそうな分かりやすい特徴が浮かびませんでした。
今回の短編小説は能の演目の一つとしての提案として見ていただけたらと思います。