第8回

短編小説の移し、昔のものです。

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 祖母が亡くなって一年が経つと、2階の六畳間はマミのものになった。隣の部屋と襖でしか仕切られていない中途半端なプライベート。贅沢は言っていられない。襖には、ひどく狭い小島に庵が建ち、数頭の鹿が水を飲んでいる、水墨画のようなものが描かれてあった。
 中学生のマミは、夜更かしが大好きだった。好きな本を読み、家族が寝静まった頃にコンビニへと出かける。夜中にこっそり食べるデザートは、格段にうまい。その日も、定番であり、最高の過ごし方をなぞることにした。
 階下に降りると、ふと祖母の口癖を思い出す。
「悪いことをすると、襖の鹿が出てきてあんたをかみ殺しちゃんだよ」
 小さいマミのいたづらをたしなめるように、よく驚かされたものだ。懐かしさなんて歯止めにはならない。マミは母親の財布を探し始めた。これもまた、いつもの通り。
 しかし、不思議と外に出るのが億劫になってしまった。
(熱しやすく冷めやすい? 違う?)
 一人ごちほほ笑み、茶棚にあったせんべいをとって、また2階へと上がった。こんな年寄りめいたものを食べるのも、友達への話題提供になるだろう。せんべいは祖母がよく食べていたものだ。それだけで胸はいっぱいになり、結局すぐに寝入ってしまった。
 (ど、どうしよう。か、金縛りだ)
 まどろみが深くなったところで、急に現実に戻された。しかし体は動かない。もちろん、近くに気配があった。
 身勝手に仏の力を請い、願う……。
 掃除中の母親が障子を開け、まぶしい光が目を打ったところで意識が上がった。腕や足を食いちぎられる、恐ろしい現実はない。
起き上がろうとして、脇のテーブルに目が行った。結局食べなかったせんべい。袋が、空になっていた。

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短編小説第8回、タイトル「鹿」でした。