第46回

 その場所で演り始めてからしばらくが経つと、三浦は自分の他にもう一人路上ミュージシャンがいることに気がついた。もじゃもじゃ頭にメガネ姿の男。歌ってはいない。ただギターを弾くことに没頭している。激しい雨が降り注ぐような、力強く素早い指さばき。しかし旋律はヴェルヴェットのように優しい。実力は、達人を遥かに越えて、超人の域だ。通行人の足がなぜ止まらないのか、異様な光景に思えた。
「だって、僕はアマチュアだからね」
 一緒に居合わせる事が長くなると、三浦は思い切って男に話かけてみた。もちろん、あまり見物客がいないのも、その理由だろう。卓越した技術を持つ男のギターケースに、果物やお菓子しか入っていないのが不思議だった。ヘタなプロのコンサートよりも、高い金を払ってもいいはずだ。徴収しているわけではないが、フリータである三浦には、ここで恵んでもらえる金額はかなりの足しになっている。……男の格好もそう変わりがない。
「あなたの演奏は、観客を魅了しているでしょう? だから、お金をもらっていいんです」ポリシなのかも知れない。男は控えめに笑った。やがて、三浦にもメジャーデビューの話が持ち上がる。
「実は、私よりもずっとうまい人間がいるんです」後ろめたい三浦は、男の事を話さずにはいられなかった。
「彼の事は知ってるよ。その昔、プロだった」話を聞いたスカウトは、疲れた表情で首を振る。「芸術じゃないんだ。あれでは売れないんだよ」
「しかし、好きな音楽だけをやっても、生活していけるテクニックがあるはず……」三浦は食い下がる。
「自己満足では、お金を取りたくないんだと」
 三浦は呆然と経ち尽くす。スカウトが肩を軽く叩いた。ポケットの中の小銭が、小さな音を立てた。

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短編小説第46回、テーマ「素人」でした。
テーマは毎回しりとりで決めています。
次はしろうと、で、「と」ではじまる言葉です。何かいい言葉ないでしょうか?……。