第7回

大関、お願いします。私のまわし、返してください」
 炉海山は慎重にその言葉を放った。繰り返しているからといって、感情を含めるわけにはいかない。先場所でようやく幕入りできたものの、名門の部屋。兄弟子達にはまだまだ頭が上がらない。汗に混じって潤んでくるものが、大きな瞳にあった。
「お願いです。大関
 もう一度、深く頭を下げる。いつのまにか、他の関取達も稽古場に現れ始めていた。それでも、大関は口を開こうとはせず、にやにやいやらしい笑みを浮かべるのみ。
 またか――。もう数えきれないくらいになったこの執拗な行為に、炉海山は吐き気を覚える。この部屋がある意味厳しいというのは、学生相撲の頃からよく聞こえていた評判だ。だが、これほどまでとは思ってはいなかった。自分はプロでもやっていける自信はあるし、ちょっとやそっとのいじめなんて、気にはしない根性があると鷹をくくっていた。
 しかし、種類が違う。
大関、この通りです。お願いします!」
 最後の望みをかけて、まわしを返してくれるよう懇願する。頭を土俵にこすりつけた。
「炉海山……」
 湿った手の感触が、炉海山の肩に触れた。
「今日も、俺の相手をするんだ」
「…………っ!」
 顔を背けた炉海山を、今度は恐ろしい握力が襲う。逆らうな、そう言っている。と、その時――
「待ってください大関。自分は、もう、見てられません!」
 待ったをかけたのは、1つ年上のやさしい兄弟子だった。むっとする大関に、慌てて耳打ちをする。
 大関ははぎ取った炉海山のまわしを遠くに捨て、自分のまわしも脱ぎ始める。
「俺の後にな? ひひっ、たまらんな」

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短編小説第7回、昔のものの移しです。
テーマは、「まわし」。