第173回

短編小説第173回目です。
世間では、新しいiPadが発売された日なんですが、いつもこぞってMacネタを披露しているくせに、こんな日は別エントリです。

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 萩原(ハギワラ)は医者だった。午前の診療を終え、つかの間の休息をとっていると、ふと、昔付き合っていた彼女のことを思い出した。
 彼女は、このクリニックに通っていた患者だった。
「ずっと、私に『きれいだ』って、そう言って?」彼女は不安になると、よくそう訴えた。
「きれいだよ、君はいつでも」萩原がなぐさめると、彼女は首を振る。
「二十五よ。二十五を越えると、女は……いえ、私の顔は、急激に崩れるの」
 自嘲気味に笑う様は、何かをはっきりと言うのを怖がっていた。
「君は他の女の人とは違うよ。きっと、ずっときれいなままだ」
「嘘を付くのが下手なのは知ってるけど、さすがにそれは信じられないわ。だって、事例がありすぎるじゃない?」
「嘘じゃないさ。本心だよ」
「そう……。でも、嘘を付くなら、私の言うことを聞いて? これからずっと『きれい』だって、そう言ってほしいの」
 嘘だとわからないよう、うまく言ってね――。
 二人が別の道を歩むまで、彼女は事あるごとにそのお願いを口にした。
 今でも、彼女の姿を見かけることがある。
 きれいだよ――。萩原は、彼女に向かってそうつぶやくことがあった。
 実際、二十五歳を越えた彼女の顔は、ますます美しくなっている。萩原は心底そう思っていた。
 午後最初の患者が訪れる。初めて出会った頃の彼女のような、若い女性だった。
「先生、私を直してくれますか?」女性は自分の顔を指さした。「もう、この顔じゃ一分も生きていきたくないんです! 先生、整形手術のケンイなんでしょ、どうにかしてよ!」
 女性は悲痛な叫び声を上げた。
 萩原は冷静に頷いた。

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短編小説第173回目、テーマ「テクニック」でした。
またわかりづらいかな……。