第163回

短編小説第163回となります。

                                                      • -

R0012246.JPG
 母が亡くなって、エリナは天涯孤独の身になった。
 家族が、自分だけの一人になった、というのもある。だがエリナの場合は、状況が違った。国家との繋がりがないことが、わかってしまったのだ。
 エリナは、この国の人間ではなかった。小さい頃に母が養子縁組を組んでいた。小さかったため、エリナ自身も忘れていた。
「エリナ、もう大丈夫なの? お母さんのこと、ずいぶんショックだったんだね」
 長い自主休講から、エリナはようやく大学に戻った。他にどうしようもないので、覚悟を決めて、通常の生活を送ろう、と考えてのことだった。 
 恐る恐る講義室に入ると、すぐに親友のミサキが駆け寄ってきた。
 自分が長年抗争を続ける国から逃れてきた難民だと知ったら、ミサキはどんな顔をするだろう。
 エリナが自分の出生を怖がるのは、養子縁組が正式なルートの証拠がないからだ。
 国交のない国からの不法侵入。”本当“の身元がバレれば、強制退出させられるだろう。エリナ自身が、知らない祖国へと――。
「う、うん……。もう大丈夫。しっかりしなきゃだね」返事が空回りした。
「えー、ここでちょっと問題です」講師が授業を中断し、エリナを睨んだ。「この国では、国民である資格がありますね。帰化申請に必要な条件。それがわかる人――?」
 学生全体に投げた質問にもかかわらず、講師は明らかにエリナに問いかけていた。
 すでに情報がまわっていたか。エリナは立ちすくんだ。
「大変だったよねー」ミサキが耳元で囁く。「迫害を受けた私たちは、こうやって様々な国から集まり、寄り添って生きている」
 エリナは、顔を上げて講師を見た。外国人風の講師は、大きく頷いていた。

                                                      • -

短編小説第163回、テーマ「国」でした。