第159回

あけましておめでとうございますの、短編小説159回目です。

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 とある地方の教育委員会が、地元の歴史教育に力を入れていく方針を示した。教師は生徒たちが地元に興味を持てるよう、あらゆる史実を調べた。そして困ったことになった。
 その地方には、風土の基礎となるような戦国大名がいた。しかし調べ上げても、教師はその大名によいイメージを持てなかった。
「地元の名士が、こんなひどい人間だと知ったら、生徒たちは悲しむんじゃないでしょうか?」
 教師は、職員室の同僚たちに尋ねた。彼らも同じような不安を持っていた。
 教師は、もっと違った面から大名のことを調べた。大名は、意外なところで思わぬ功績を上げていた。
「地元の名士が、こんな素晴らしい人間だと知ったら、生徒たちは喜ぶんじゃないでしょうか?」
 教師は、職員室の同僚たちに尋ねた。彼らも似たような意見を言った。
 しかし、同僚の一人が言った。「大名は、海外にも大きな影響を与えているね。外の人から見た印象はどうなんだろう?」
 教師は、インターネットで大名の海外における評判を調べた。大名は永きにわたって臣下を路頭に迷わせた愚王とあった。
「地元の名士が、こんな評判だと知ったら、生徒たちはがっかりするかもしれない」
 教師がそう言うと、外国人の語学教師が首を振った。
「イエ、最近私の国でハ、彼の政策がとても斬新だったト参考にされていまス」
 混乱してしまった教師は、ありのままを生徒たちに伝えることにした。
 授業をうける生徒たちの瞳は輝いていた。彼らの判断こそが、大名の評価そのものになるだろう。教師はそう思った。
 教室の後ろには、生徒たちの父兄が授業を見守っていた。教育委員会に地元の歴史教育を依頼した、商店街の店主たちだった。

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短編小説第159回、テーマ「たまむし」でした。


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