154回 後編

短編小説第154回、後編となります。
よし、今回は、あんまり間が空かずに更新できた。

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 深井戸にはまりこんだ男に紙と鉛筆が与えられた。
 食事か衛生用品を選ばずに筆記用具をとったのだ。男はもちろん自分が助かる方法を探り、「はしご」と書いた。
 返事はなかった。翌日の盆は二つに戻り、食事と衛生用品が載っていた。
 気に入られなかった――。男は思った。
 井戸の上にいる人間――彼には、返してほしい「答え」があったのだ。それを的中させない限り、助けてくれないのだろう。男はせっかくのチャンスを無駄にしたと思った。
 しかしまた次の日になると盆が三つに増えた。やはり紙と鉛筆があった。
 男は慎重に考えた。
 直截的な脱出の道具を望むと、また上の機嫌を損ねてしまうかもしれない。男は、その日徐々に明るさに慣れるための「サングラス」を要望した。……駄目だった。
 紙と鉛筆は、続けてやってきた。男は山登り用のシューズやロープをはじめとして、あらゆるものを紙に書いた。どれも受け入れられなかった。
 ヤケになって、テレビなどの娯楽用品や嗜好品を書いてみたが、やはり不正解のようだった。
 男は絶望した。結局食事と衛生用品以外は、与えるつもりはないのだろう。飽きもせず降りてくるつるべ落としには、ヤケくそに「希望」と書いた。
 盆が、少しだけ揺れたような気がした。
 翌日のことだった。三つ目の盆には、なぜかワープロが載っていた。
 もう書くものは降りてこないと思っていた男は、心底驚いた。そしてわかった。
 紙には、自分が必要なものを書いてはいけなかったのだ。
 上にいる誰かが、楽しむこと。
 自分が生かさず殺さずの状況にあることが、ただ必要なのだ。

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短編小説第154回、テーマ「マスト」でした。