第140回

短編小説第140回です。

                                                                      • -

写真 2
 男は夢中だった。自分で会社を興し、脇目もふらずに働いていた。資金繰りに明け暮れ、営業に飛び回っていた。
 しかし、娘は寂しがっていた。父の帰りを毎日今かいまかと待っていたが、起きている時間に父の姿を見ることはなかった。
 娘には悪いが、仕方のないことだ。男は思った。
 会社は軌道に乗りつつあり、今、手を抜くわけにはいかなかった。
 もちろん、娘のことはかわいい。男はクリスマスは、一緒に過ごすことを約束した。そのためには、終わらせなければならない仕事がたくさんあった。
 男は約束したその日から、一層仕事に打ち込んだ。クリスマスの日にまともな時間に家に帰るため、その日から家に帰れなくなった。
 娘は、その間ホテルに預けた。頼れる身内もいなかったから、食事も出て、安全なホテル以外に選択肢がなかった。集中して仕事に臨まなければ、約束も守れそうになかった。
 そしてクリスマスの日、男は無事に仕事を切り上げることができた。
 娘も喜ぶはずだ。家路を急ぐ男に電話がかかってきた。
 娘が病院に運ばれた。一刻も早く戻ってきてほしい、と電話の向こうから聞こえてきた。
「馬鹿言ってんじゃない!」男は叫んだ。
 そんなのは嘘だ。男はその話が信じられなかった。男は病院に向かわず、ホテルへと急いだ。
「やっぱり、ダメみたい」妻は落胆して電話を切った。「お父さん、今日も帰ってこないわ」
 男は大急ぎで部屋のドアを開けた。なまめかしいオオトカゲが、やはりそこにいた。“娘”は、無事だった。
「サイレント・ナイト」娘は歌った。涙を流していた。
 二人だけの夜が、また静かに過ぎていった。

                                                                      • -

短編小説第140回、テーマ「静か」でした。
まあ、このところ寒いので、そこまで季節外れでもないですよね。