第120回

て、ことで、ペースを乱した更新です。
短編小説第120回となります。

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 妻は日本人でしたが、ずっと海外を転々としていたようです――。
 その日はたまたま他に客がいなかった。男は初めて店の大将に話しかけ、この店ができたいきさつを聞いた。
「そのせいで味覚が安定しなかったんでしょうね。とても食えたものじゃなかった。妻の作るものは」
「まずいって言っても、食べないともたないだろう。どれくらいまずかったの?」
「三食でじんましん、三日続けて食べると、入院騒ぎでした」
「それは……」男は首をすくめた。
「しかし食べないと申し訳ない。私は妻の出すものを片っ端から揚げていくことにしました。衣とソースをつけて、味をごまかしました。おいしくするために、ずいぶんと研究しました」
「失礼だが、揚げれば何でもうまいっていうからね」
「ええ。しかし肝を冷やした日々でした。どこで仕入れてくるのか、妻の料理には、何の動物かわからない肉が出たりしました」
「その肉が、毎日?」
「いえ、具材は日々変わりました。ある日は、見たこともない植物の種子が出てきました。赤い実をしていましたが、結局それが何なのか、わかりませんでした」
「よく無事でいられたねえ」
「ええ、おかげさまで」大将は引きつった笑みを見せた。男はなぜか寒気を覚えた。
「奥さんは今、どちらに?」
「今もいますよ。日夜わけのわからない料理を私に出します。ですから、それを片っ端から揚げてるんです」
 男は自分の持っている串揚げを見つめた。プチトマト揚げを頼んだと思っていたが、少し変わった色と形をしていたような気がする。
 厨房の奥から誰かの視線を感じた。男は串揚げを口に運ぶことができなくなった。

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短編小説第120回、テーマ「串揚げ」でした。
ソース2度漬けは、お断り。


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