第115回、その三

長らくお待たせしました。
短編小説第115回、その三となります。

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 真っ暗なはずの空間で、ヨウは様々な光景を目の当たりにしていた。
 見えるだけではない。まるでテレビをつけているように、見えて、聞こえて、今にも触れられそうだった。
「どうして、真っ暗なのに、見えるの?」ヨウは、不思議な声の主に尋ねた。
「真っ暗だからこそ、見える。ここには何もない。だから、わかる」
 ヨウは、理解できなかった。ヨウの理解とは関係なく、暗闇に浮かぶ光景は、次々と切り替わり、いろんな人間のさまざまな様子を見せた。
 声の主は、それ以上の説明をしてくれない。ヨウはだんだんつまらなくなってきた。
「ねえ、このショウタ君の所に行きたい」
「ショウタ君の所に行ったら、ショウタ君が見えなくなる」
「違うよ、見えるよ」
「そこしか見えなくなる。坊やは、こっちに来たかったんじゃないのか?」
「なぞなぞ? うー、わかんない」
「ここからじゃないと、見えないものもある。それはとっても大きなものだ」
「わかんないよー。ショウタ君の所に行くー」ヨウはだだをこねる時にそうするように、わざと涙声になって叫んだ。
「それでいいんだね?」声の主は、もう一度尋ねた。
 ヨウは、聞く耳を持たなかった――。
 中学生のヨウは、ケータイを握りしめたまま、惚けている自分に気が付いた。
 何か、大事なことを訊かれていたような気がする。しかし、それが何か、思い出せなかった。
 眠ってしまったのだろうか。
 部屋の外は、すでに日が暮れて、あたりは暗くなっていた。
 窓を開けると、遠くにあるはずの星々が、すぐ近くに見えた。

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Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)
長らく?お付き合いいただきました。
短編小説第115回、テーマ「奈落」でした。