114回

短編小説第114回となります。
今回から、3回の連続ものとなります。

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 一年ぶり、そして三日だけの帰郷となる。
 特急宇宙船の中で、アスはぼんやりと過ぎ去っていく星々を眺めた。
 アスの故郷は、惑星ルナ。オンナが統治するオンナだけの星だ。
 物理的なパワーのいらなくなったインテリジェンスな経済と社会においては、労働力はオンナだけで充分。超高度化した出産医療は、子種は輸入が可能な資源。受精卵さえ作れれば、オトコなんて、種の保存に必要ない。
 ルナが選んだ政策は、争い事の元となるオトコをしめ出すことだった。アスも十二の歳に星の外に強制排出された。
「あなたはオトコですか?」
 不意に、仮面を付けた同乗客に話し掛けられた。
 アスはぎょっとして、その客を窺う。といっても、アスも仮面で顔を隠し、全身をマントで隙間なく覆っていた。
 ルナへの渡航者は、性別を徹底的に隠される。オンナ統一制を揺るがす不要なダンジョの接触を防ぐためだった。
「オトコじゃ、ない?」仮面の同乗客は、もう一度訊ねた。
 警官が近くにいるわけではない。アスは小さく頷いた。「どうしてわかりました?」
「同じオトコなら、何となくわかるものです。この先は、オンナしかいないことになっている星ですからね」
「なるほど。こんな格好してても、簡単にわかるもんですね」
「ええ。こんなマント、役に立つんだか。……失礼ですが、どちらまで?」
「シズカの方です」
「おお、私もシズカの出身です」
 渡航者は胸の前で手のひらを合わせ、アスを拝んでいる格好になった。そして顔を近づけて、仮面の下から漏れるような声で囁いた。「ねえあなた、ちょっとしたビジネスをしませんか?」

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短編小説第114回、3回ものの第1回目となります。
お楽しみください。



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