第111回 その3
短編小説、第111回、その3です。
全三回ですから、これで最終回となります。
あ、言っちゃった。
言ってみたかった。
もう一回言わせてください。
最終回です。
……なんか、いい感じ。
112回目からも続きますけどね。
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「おかしかった。この人、どうして今になって……って思った」
当時を思い出したのか、橘(たちばな)はくすくす笑いながら言った。
佐々良(ささら)は、後ろ頭をかく。何年も経った今でも、自分のでたらめ加減が恥ずかしかった。「告白されてはじめて、君に注意を払うようになったんだ」
「言ってたよね。『これまで君のことを世界に入れてなかった』って。それで、私は赤ちゃんを堕ろしたときのことを思い出したの。私は、手首を切って自殺したんだなって」
「自殺? でも、死んだのは……」
「赤ちゃんの方。でもね、本当にショックで、分娩室の中で私、わけがわからなくなったの。これは一体何? とても屈辱、はずかしくて、ただひたすらに悲しくて……」
言葉とは裏腹に、橘の瞳は弧を描いていた。
「自傷行為は、自分に気づいてほしいからって言うでしょ? 私は、赤ちゃんを失って、あなたに気づいてもらえたの」
「僕の世界が狭かったたから」
「ううん。あなたの世界への入国許可証が、傷だったのよ。私は赤ちゃんを失ったことで、その傷がついた」
「ずいぶんひどい国だな、僕の世界は」
「でも、この傷が目印になって、今日もあなたに見つけてもらえた。昔の私では気づいてもらえなかった」
だから、タイミングの問題だ――。佐々良は言いかけてやめた。彼女の髪は短くなり、きつい目つきは影を潜めた。だから、彼女だとわかった。
「いま、幸せ?」佐々良は訊く。
「リハリビ中の人は、みんな幸せかな?」橘は歪んだ笑みを向けた。「傷を治しても、傷跡にしても、前のかたちとは、絶対に違う。……佐々良くんは、全然変わらないね」
橘は街の雑踏の中に消えていった。佐々良はその場に立ちつくていた。
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短編小説第111回、テーマ「リストカット」でした。
一度前編、後編にわけたものを書きましたが、あれとも全然違いました。
三回ともなると、結構長篇の感覚です。
これが今の私の実力です。
次からもがんばります。
Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)