第29回

短編小説第29回、昔のものの移しです。
もうしばらくお付き合いください。
100回目は、きちんと書いていますよ。


いやあ、結構苦行だな、今よりももっとへたくそな自分と向き合うというのも。

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「いつも……夜の仕事ってことか?」 
 眠りに落ちるほんの一瞬、八雲は今日も部屋から出ていく足音を聞いた。上京してから一ヶ月。顔も見たことがない同居人。恐怖の前にまどろみは、一番深いところまで彼を連れていく。
 起きると急いで支度にとりかかった。やっと余裕の出てきた休日。学生時代からのガールフレンド、伊久美に会うことになっていた。
「少し痩せた、いや、色が白くなったのか」
 鏡に映る自分を見て、最近の怠惰な食生活を反省する。コンビニで金を下ろすと、予想の2倍の金が入っていた。
「あいつも、給料日だったのか」
 嫌にならないのは、ここにあった。理不尽で奇妙な共同生活。二人のものは、二人で使える。家賃は一人分だけでいい。
「ねえ、この前の夜、楽しかったねー。また遊ぼうよー」
 待ち合わせの場所に到着するなり、伊久美は顔をほころばせた。新社会人としての辛い日々。卒業前までふっとばしてしまう彼女の笑顔がうれしい。「ああ、そうだな。またやろうぜ」
 “夜“というのが、正確にはよく分からない。だけど、八雲は同じくらいの破顔を見せ、この日を力いっぱい楽しんだ。
「……あ、寝ちゃったのか」
 うたたねが覚めたのは、時計の針が垂直を越えた真夜中だった。伊久美に釣られて歩き回ったはずなのに、身体が浮くように軽い。水をかき入れ、洗面所に向かった。
「んな……!」
 しかしすぐに戻しそうになる。朝も、覗き込んだはずの対象世界。いつから、そうなっていたのか――? 左向きが右向きに、右向きが左向きに……なっていない。鏡の中にいるのは、八雲自身だった。
 足音が、近づいてくる。今日に限って早い同居人の帰り。八雲の顔が、まず奪われた。

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短編小説第29回、テーマ「ムジナ」でした。
うーん。自分で読んでてもこれだからなあ……。
がんばろ。