第95回

短編小説第95回目です。
また何を動間違ったのか、400字詰め原稿用紙、2枚のところ、ぴったり1行足りませんでした。

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 話を聞いた母は、それはうれしそうに三井家に向いはじめた。
 ミクは昨日から泣きべそのまま。雑草の茂った脇道を着いていく。
 父の海外赴任で、小学校を転校することになった。お別れ会は、とても寂しかった。母は何が楽しいのだろう。さっぱりわからない。
「三井って家があるから、行ってこい」
「行って、どうするの?」
「……挨拶でも、すりゃーいいだろ!」
 ぶっきらぼうな男子がくれたのは、手書きの地図だった。
 きっと、街の有力者だ。今までの礼を言わなければならないのだろう。そんな古いしきたり、本当は守る気はなかった。
「ありゃー、初音さんちの奥さんじゃねえかー」
 藁葺き屋根がいやに大きい、古い民家だった。鈴の音と共に一人の老婆が現れる。傍らに一匹、足下にも、たくさんの猫がまとわりついていた。母は頭を下げた。
「子猫ちゃん、いただけないかと、伺ったのですが……」
アメリカ行くんだってねえ。ほら、三毛のやつあるから、持って行きなさーい」
 あまりにも軽々しい命のやり取り。しかしそれは、猫の形をしたお守りだった。
「かわいいでしょう? 三毛猫がいるとね、船が沈まないって言い伝えがあるのよ」
 母は微笑む。ミクにお守りを手渡した。
 今の時代、船で海外に行くことはまれだ。あの子は、このためにここに来いと言っていたのか。
「口に出せばいいのに」
 男子は、よくわからない。女子だったら、朝、顔を見ただけで、考えていることまで伝ってくるのに――。
 ミクは、初めて男の子に触れたような気がした。自分が女の子だと、初めて意識した。

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短編小説第95回、テーマ「みけ」でした。
ようするに、「三毛」ですね。


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