第94回

短編小説第94回目になります。
ちょっと今回は適当なものが見つからなかったのと、載せてしまうとネタバレになってしまいそうなことから、写真を載せません。
テキストだけの、さみしいエントリ。

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 彼は膝小僧が大好きだった。
 きみを連想させるからだよ、と笑っていた。
 席替えでとなりの席になった吉本(よしもと)さんを眺めることを、彼はいたく気に入っていた。正確には、吉本さんの膝を眺めるのが、好きだった。
「佐々木(ささき)君、あんまりこっち見ないでよ」
「別にいいじゃん。好きなんだから」彼は薄く笑い、遠巻きの女子を騒がせた。
 授業中でさえ、熱い視線を送ってくる彼に対し、吉本さんもまんざらではなかった。
「さ、佐々木君さぁ、バレンタインのチョコとか、ほしかったりする?」
「ん? んー、そうね」
「ホワイトチョコとか、好きかな……。あ、でも、ビターな方が好きそうだよね」
「白い方……、白い方はね、あれはやっぱり脇役なんだ」
「へぇ、佐々木君、チョコ、詳しいの? わ、私ね、今年は自分で作ろうかと思ってるんだ」
「何を? きみ、さっきから、何の話をしてるの、メシ?」
 彼は吉本さんを睨み付ける。大きな音を立てて椅子を引き、立ち上がった。
「ご、ごめん。私……」吉本さんは驚いて、涙目になる。
「俺が食べたいのはねえ……」彼は吉本さんの前で跪いた。
「きみなんだよ!」
 クラスはあっけに取られる。一瞬静まりかえり、そして沸き返った。
 彼は膝小僧が大好きだった。
 きみを連想させるからだよ、と今でも笑う。
 例えば、毎年九月くらいに発売されるあのバーガー。
 中心にある、黄色い丸。
 私の膝は丸く、黄色い。
 旦那を間違ったんじゃないだろうか。冷蔵庫のドアを開く度、私はいつも憂鬱になる。

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短編小説第94回、テーマ「きみ」でした。
そろそろドクオには、つらい季節ですね。