第84回

短篇小説第84回です。
前回先に「付き合う」をあげたので、
今回は「癒着」と「付き合う」の中間にあるテーマです。


実はこれ、しりとりでテーマを決めているんですよ。

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 時計が十二時半を示すと、ふと、小学校の頃を思い出した。
 いろんな人間がいたものだ。
 子供だからと言ってしまえば、それだけだろう。だが、三十名ほどの教室には、実に様々なパーソナリティが入り乱れていた。みんな純粋に、自分を表現していた。
「私、将来看護婦さんになるの」
 優しい微笑みで話しかけてくれた彼女は、先日不倫相手を殺そうとしたらしい。
 人を殺すような人間は、その後の学校生活の仲間では彼女一人だ。同じ色のスーツを着ている大学時代の友人たちより、貴重な存在だった。
 自分はどうだろう? 珍しい、希有な人物に育っただろうか。
 考え込んでいると気分が沈んできた。
 金には強くなった。資産はクラスの誰よりも持ち合わせていることだろう。
 しかし、生きた証は残っていない。人生の中で果たしたことなど、実は何もない。
 金太郎飴みたいだと、同級生を笑える資格はあるだろうか。
 同級生は、みんなすばらしい人物だ。それぞれに家庭を持ち、守られる側から、守る方へと立場を移動させていた。殺人未遂の彼女だって、守るべきものがあったからこそ動いたのだ。……自分だけが、こんなところで立ち止まっていた。
「そろそろ、売りに出すか」マウスを握る。折れ線グラフが、右下がりの傾向を示し始めた。今日、四十万円目の利確。
 カーテンの隙間から、ランチに出かける背広姿がちらほら見える。
 歩くことさえ、自分にはできない。だからこうして、バリアの中で綱渡りをしている。
 こたつの中は裸足でも暖かく、身動きはとれない。とりたくない。
 自分しかいないこの空間の、風通しの悪さは一体何だろうか。

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短篇小説第84回、テーマ「靴」でした。
こういう、どこにも終着しない物語はすらすらと出てくるんですが、
あんまりよくはないですよね。
Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)