第61回

短編小説第61回です。
60回過ぎたのだから、はてな上で何かしらの
イベントを起こそうかなと思ってはいたのですが、
まだ過去の文を移しきっていないので止めておきました。
区切りのいい回って、100回……かな?

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 理想的な母だった。
 いつも穏やかで優しくて、時には厳しい。アユムは縁側に座って、母の背中を見つめる。からりと晴れた秋の空。洗濯物を取り込む母は、はにかんで振り向く。
「なによ、じっと見て」
「べっつにー。暇だなーって」
「勉強しなさい。高校生なんでしょ」
「土曜日は、休む日なんだよ」
 屁理屈をこねると、タオルが飛んでくる。柔らかい匂いが、鼻をくすぐった。
「お父さん、昨日も?」声のトーンを、少し落とす。
「昨日どころか、これで二週間だよ。……別に困らないけどねえ」母は無表情だった。
 父が何日も家に戻ってきていないのは、別の相手ができたからだ。触れたら開いてしまう傷口に、アユムは手を入れずにいられない。
 お母さん、本当に大丈夫なの? 何度も続くと、平気になるの――?
 部屋に戻っていく母に疑問を投げる事ができなかった。母であり妻であり、女である感情が、一つになれないでどす黒くなっている。そんな様子を見てしまうと、何も言えなくなる。
「アユム大丈夫? ちゃんと食べてる?」
 数日後、母は父を刺した。
 金切り声と激しい物音。耳を固く塞いだ夜をアユムは鮮明に覚えている。
「大丈夫だよ。太り気味だったから、ちょうど良いの」屁理屈をこねると、母はガラスの向こうで微笑んだ。
 以前よりも、静かで固い笑みだ――。アユムも微笑む事でしか返事ができない。母の表情は、たくさんの感情が激しく入り交じった後、背中に渦巻いていた黒に覆われた。
 混ざり合って黒くなったからこそ、光が当たると余計に色が出る。その時母の感情も、また七色に染まるはずだ。笑える事があればいい。アユムはそう思った。

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短編小説第61回テーマ「ソース」でした。
味噌→ソースと続く調味料シリーズ。
次はさすがに調味料じゃないとは思うけど……。
(しりとりでテーマ決めてますからね)