第60回

短編小説、第60回です。
60回、か。
少しは成長できたかな……。

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 ひどい人ごみで、辿り着くのにかなりの時間を要した。発車まで後二十分弱。――まだ、引き返せる。改札から数メートル離れた柱に、沙羅が寄り掛かっていた。
「みんな、そう言うけどさ」沙羅の涙が、瞼の奥によみがえる。「私達まだ子供だよ、できるわけないじゃない」
「俺は違う!」泰広は激しく首を振った。
「何が、どう違うの? あんたが一番“そう”じゃない。おとなしくて、大人に従順で」
「沙羅を守りたいんだよ! そのためなら何だって……」
「じゃあ、私と一緒に逃げてくれる?」沙羅は泰広の顔を覗き込んだ。
「それは……」
 泰広は視線を逸らす。
 沙羅も同じように顔を背けた。
「泰広の言う通りにする。この街も、家族も、クラスメイトも全部捨てて。……だから」
 泰広は何も言わない。風が二人の代わりに騒ぎ立てる。重たく、そして冷たく。
「明日の十時、新幹線で。待ってるから」暗闇の中、小さな嗚咽が遠ざかっていった。泰広は追う事ができなかった。「私達が間違ってないって、まだ思ってるんだったら」
 間違ってなかっただろうか――? 泰広は歩き始めた。
 ただ、目を逸らしていただけだ。眠り続けて、考えないように――。光を探すには、遅いのかも知れない。
 顔を上げる。沙羅は、今にも改札を通り過ぎようとしている。
「……泰広?」
 泰広は沙羅の手を取っていた。抱き寄せ、耳元で囁く。
 それでも、君が光を教えてくれた。くすぶっていた時間全部を、これからに賭ける――。
 沙羅は小さく頷く。変わっていく泰広の胸の中で、強くなっていく自分を感じ取っていた。

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短編小説第60回、テーマ「味噌」でした。
もっとストレートに、お食事の話とかにした方が良かったのかな。