第58回

短編小説、第58回です。
載せるかどうか迷いましたが、結局載せる事にします。

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 ガァすけはアヒルだ。
 生み出されてからずっとアヒルだったが、生きていない。黄色くて弾性がない彼は、お風呂のオモチャだ。
「りっちゃん、遊んでないで、早く体を洗いなさい」
 好きなだけいじられると、ガァすけは湯船で横になる。沈まず、流されるがままの体が恨めしい。そして、彼女がうらやましかった。
「ちゃんと石鹸泡立てるのよ」
 ガァすけは、白くて四角い、艶のある彼女に恋していた。
 牛のマークが刻印されたボディが美しいから……。それもあるが、本当の理由は、自分にないものを持っているから、だろう。
 自分は、こんな狭い風呂という海で、浮遊しているだけ。流されるまま、あてもなく、外に飛び出せない。彼女は自らを泡立てることで、少しずつ外に飛び出る。こつこつと建設的に。流されるのを逆に利用して。
 この羽は、どうして見せかけだけなのだ――? さすらうだけのその身を、いつか飛翔させることが良いことと彼は信じていた。
「あら、今日はガァすけも洗ってあげるの?」
 ある日、風呂の外に出される日が来た。つるつる滑る彼女を体にこすりつけられ、くすぐったいうれしさが込み上げる。チャンスかも知れない。ガァすけは、チャンスを待つ。
「ガァすけ!」次の瞬間、体が手から離れていた。
「……よかった!」
 排水溝のフタに引っかかったようだ。掴み上げられ、シャワーで泡を落とされる。災いが転じて自由になれるかと思ったが、やはり飛び出せない。
「ほらぁ、ちゃんと握ってないからでしょー」
「うん。ガァすけ、流されないでよかったぁ」
 飛翔することが良いこと……だろうか? 子供の笑顔に、ほっとしているガァすけがいた。

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短編小説第58回、テーマ「流浪」でした。
しりとり的には、「るろう」の「う」で、
第59回「海」に続いていくのです。


ちなみに、画像はMacFTP/SFTPクライアントとして有名な、cyberduck
ちょうどよかったんで拝借しました。
でないと、体感はできても言葉では説明できない言葉になってしまう。