第59回

短編小説、第59回です。
58回を飛び抜かしていますが、どうしようかな、
アップしようかな……

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「お姉ちゃん、ちょっと、待って……」
 気がつくと、サモンはかなり後れを取っていた。この子にはまだ早過ぎただろうか。チュムは少し後悔する。
「がんばりなさい。お母さんに笑われるよ?」
 言ってから少し、自分でも泣きたくなった。
 二人は、母親の顔をほとんど覚えていなかった。生まれて数日で亡くなってしまったからだ。遊び人だったという父親に至っては、存在すらも不確か。両親が昔いた地方に引っ越すと言われても、ピンと来るものはない。
「お母さん、どうしてるんだろうねぇ」
「だから、お母さんはもういないのよ。お母さんがいたト、コ、ロ」
 よたよたと進むサモンに合わせて、チュムもゆっくりと進む。こんなことでは、辿り着くまでに相当の時間がかかりそうだ。……そもそも、本来ならもっとゆっくりしているはずだった。こんなに早く出たのは、母親という単語に過剰に反応するサモンのためだ――。チュムは唇を噛みしめた。
「わぁあああ」
「サモン?」
 強い風が吹いた。周りに押し流されて、サモンまで飛ばされそうになる。駆け寄ったチュムは、こわごわと開いた弟の瞳が、輝き始めるのに驚いた。
「お姉ちゃん、着いたよ」
「え……?」
 チュムは振り返る。見栄を張っていたが、本当はチュムも知らない新しい世界。
「ここがお母さんのいた所なんだねぇ」
 見たこともない魚達、貝類、不思議な生き物。そこは、すべてを包み込んでいた。広大で、厳して、そして優しい。
「お母さんの、匂いがするね」チュムは呟いた。「産卵で故郷に戻るまで、私達はここで泳ぐのよ」
 サモンは何も言わなかった。ただ、力強く頷いただけだった。

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短編小説第59回、テーマ「海」でした。
単純かな……。

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