第51回

「まるで、キリンの角のようだったわね」スパゲティが運ばれてくると、春子はようやく口を開いた。どうやら午前中いっぱい続いた会議の事を言っているらしい。うんざりとした口調だが、目つきは鋭い。
「何? キリンの角って」盛田は気にしないそぶりでフォークを取った。
「無意味ってことよ」
「え、キリンの角って無意味なのか?」
「そうよ」顔を上げると、春子は微笑んでいた。三日月型の目。何か話したい事がある時はいつもこう笑う。盛田は皿に目を落とした。
「テレビでケンカしてるのを見た事あるよ。メスを取り合っていたんだと思うけど」
「でも頭じゃなかったでしょ? 首をぶつけあって闘うの」
「……そうなんだ?」曖昧に頷いた。
「もともと、角なんてものは生物に不必要なのかもな」
「どうして? 強くなれるじゃない。家族を作り、守るためよ」
「もっと強いものに狙われやすくなる。人間とか……。サイの角がいい例だよ。本当に薬としての効果があったのか?」
「疑わしいのに、絶滅寸前まで追い込んでるわね」
「それが角を持つ生物の宿命だよ」
「ふうん」春子はため息のように返事をした。盛田の顔を覗き込んでくる。「私には必要な角もあるけどね」
「……なに?」
「水牛の角。そう、より強いものに押されたがっているのよ?」
 そのまま盛田の鼻をフォークでゆっくりと押す。三日月の目が三角にまでつり上がった。
「私のはもう押してあるじゃない? 後はあなたよ?」
「婚礼は和式にしようか。うん、それがいい」
「……あら、なぜ?」
 その後は黙っておいた。

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短編小説第51回、テーマ「角」でした。
余談ですが、お嫁さんの頭に乗せる角隠し、
女の気性の荒さを何ちゃらって言うのは、俗説で間違ってるんですよね。
高島田を覆うためのものが、
角隠しであって、別にヒステリックな様を隠すわけじゃないんです。