第42回

 ヨシトがタバコを吸いに出ると、雪はもうくるぶしまで積もっていた。影に女がいる。チエミだ。
「うわっ、うわあああああああ!」
 よだれを垂らし、鼻息荒く足踏みを行っている。まだ埋もれていない霜柱でもあったのだろう。彼女はなだらかなものが好きだ。整った平面を崩すものは、例え数センチのズレであろうとも憎たらしい。
「二十桁ぐらいまでの計算なら一瞬でこなせるらしいが、その代償がこれか……」
 チエミは、足の方が折れてしまいそうなほど地面を蹴っていた。霜だけ見れば平面と言えなくもない高さだ。許してやれよ――。そんな事は言わない。
 火をつける。ぼけっと眺めていたら、灰がこぼれた。真っ白な平面に一点のグレイ。「おあっ!?」チエミがすごい勢いで近寄ってきた。「ああああああああ!」これもまた踏みつぶされる。まだ白い部分が多い本体も取り上げられ、環境破壊の一員となった。
「一本ぐらいいいさ、ここに来て3258本目だからな」ヨシトはため息をつく。一本目はトイレで吸い、二本目は花壇で吸った。3200本目は……」
 戻ってからしばらくしても、雪が止む気配はなかった。再びタバコを取り出し、二本、机と垂直につなげて立てる。
「上の方、3ミリ右に置いた方がいいよ」
 タバコは不安定に崩れ落ちた。隣で算数の得意な智恵美ちゃんが笑う。
「それでは小森君、四の段を言ってみて」
 担任に当てられた。期待に満ちた視線。今はそんな時間だった。ほら、お前が目立ったから――。そんな事は言わない。ヨシトは立ち上がり、九九をたどたどしく唱え始める。見下ろす平面は、愚かな幼さばかり。
 褒められて座る。ヨシトはため息をついた。明日の朝には、膝くらいまで積もっててくれるだろうか――。そんな事は言わない。

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短編小説第42回、テーマ「突出」でした。