第6回テーマ「ミルク」

 父親は塾よりも帰りは遅いし、母親は生まれたばかりの赤ん坊に夢中だ。自分は、もう十分に一人でもやっていける。
 塾をサボったのは、ちょっとした反抗でも何でもなく、ただ単に面倒だからだった。勉強が好きか嫌いか、そんなことは関係ない。ただ、今日だけでも遊びたい。
 一人で遊ぶ方法を知らない少年は、適度にコンビニエンスストアを回り、立ち読みして時間を過ごした。サボること自体が目的になってしまっていることは、気がついていない。狙いは早い時刻に家にいて、怪しまれないことだ。
 ばれるわけがない。マンガの面白みからふとしたことで戻る瞬間、そう嘯く。何も心配することなんかない。スポーツをやっているわけではないのだ。服が汚れてなくてもおかしくないし、毎回プリントを確かめられるわけでもない。
 そろそろいいだろう。いつもの時間よりも少し早かったが、少年は家路についた。
「あら、おかえりなさい。迎えに行こうと思ってたのに」
 玄関には弟を抱えた母親が立っていた。
「ああ、うん。ちょっと早く終わったから」
 少年は多少早くなった動悸を胸に抱いた。「そう」と、母親は片胸を服の外に出し、母乳を与え出す。何度も見てるはずなのに……。自分だって、そうやっていたはずなのに……。なぜだろう。その姿を直視できない。
 すたすたキッチンへと歩き、冷蔵庫から麦茶のボトルをとり出した。
「それじゃあ、お父さん帰ってくるまでに、先にお風呂に入ってて」「うん」
「プリント、お母さんがもらってきておいたから」「……うん」
 ゆっくり後ろを振り向く。優しいリズムで揺れる片方の乳。一心不乱にむさぼる赤ん坊の顔は、自分と同じ顔をしているような気がした。