テーマ「カモメ」

短編小説、第3回でございます。
前回が、「理科」でしたので、
か、で、「カモメ」。
みなさまのやさしい叱咤をお待ちしております。

 エンジンはうなりを上げ、追い風もベストの状態に近づいていた。バイクを発進させない理由は何もない。だが、ロビンはどうしても右の手首を回転させることができていないでいた。
 プロジェクト・カモメ。粋狂な物理学者があるポイントを発見してしまったおかげで、スタントマンとして世界記録を次々塗り替えたその身を、ロビンは今呪っている。こんなジャンプ、できるわけがない。机上の空論なのだ。いつもの思いきりのよさがあれば、そう言えただろうか?
「せいぜい悲惨な映像を流してくれよ!」
 死の覚悟ではなく、生への別れを告げ、スタート台を蹴った。
 力いっぱいのスピード。空に向かっていくはずの助走路が、今日は崖へと緩やかにいざなう。浮いた。すぐに真っ青に支配されていく視界。意識が遠のいていく。これが死か……。青い。青い……。
 ――グランドキャニオンの大地の中、どうしてかロビンは海を思っていた――
 バイクは、12時から9時へと降りていく。地上が近づく、近づく。ロビンは意識を取り戻した。これで死んだらまぬけもいい所だ。
 見えてきたカモメポイント! 踏めるか? いや、踏まなければならない。踏めた! ダンッ!
「いけえええ!!」
 そのまま前輪を思いっきり持ち上げ、反転して上空へ向かう。目的地は飛び立った高さと同じ地上60メートル。今度は3時から12時の位置へ逆戻りだ――! 
 次の瞬間、あらゆる重力から解き放たれたロビンの体は、泳ぐかのようになめらかに、ゴール地点へと突っ込んでいった。はね飛ばされるが、勢いはない。無事だ。
 カモメポイント。神の重力解脱地点。
 だから何の意味があるのだと、ロビンはこの偉大な発見に涙した。