テーマ「ROM」

gooに載せていた短編小説を、これから少しづつ
移植していこうかと思います。

いえ、さっさとダイアリー市民になろうだなんて、ひみつ。
そしてこれは最新版の第28回。

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「そうか。君がUSにねえ」
 大学を訪ねるのは、7年ぶりだった。さらに年老いた教授を見て、里谷は過ぎていった時間の大きさを改めて思い知る。役に立ったとは思わないが、確実にあの頃の自分が焼き付いた場所。自分で考えることを身に付けさせてくれた恩師は、すっかり技術屋の顔になった里谷を喜んだ。
「クパチーノといえば、面白い会社があるのは知ってるかい? OSの基本部分をオープンソースとしてね」
「ええ、何度かやり取りしたことがあります」
「そうか。それでね、ヴィジュアル的な所に特許を……」
 苦笑した。また……、まだ、その話か――。知っている面白い事例のパターンを繰り返されるのが、この教授の講義だった。
(もう、新しいものを書き込む余地が無いのだろう)長話を居眠りで交わす。
「がんばりなさい。君はまだ若い。新しいものをどんどん吸収してきなさい」
 教授の言葉を笑って後にした。
 階段を下りていく。掲示板のあるエントランスのピロティ――! 幻影に、足が止まった。髪の短いジーンズ姿。振り返って、里谷に笑いかける。
「まだ、書き換えられてないのか」目頭を押えた。その情報だけが、今でも活き活きと再生される。「その記録は、幸せには向かわないんだよ」なのに、再生を止める命令ができなかった。「引き出すだけの思い出としては、残ってはいけないものなんだ」
 顔を上げる。見渡すと、エントランスも7年の間に様変わりしていた。もともと古い建物だが、もっと風化すれば、きっと、書き込まれた情報も失われていくだろう。
「それでいい」里谷は歩き始める。
 自分で消せないのなら、時間が消滅してくれるのを待とう――。視界はただ、光を帯びて回り続けていた。