すべの冷酷さには、意味がある 近藤史恵「サクリファイス」

サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

同僚が実は自転車好きだったらしく、胸を張って貸してくれた本。
「これはリアル」とのことだったのだが、自転車レースにおける駆け引きであったり、勝負ごとのあれこれがよく書かれてあるものとばかり思っていた。


しかし、そういう部分がベースになっているのも事実。
主人公は、チームのエースをレース中に引っ張ったり、空気抵抗を少なくするための役割を持ったり、他のチームの選手を疲れさせるためのいわゆる「補佐役」。
それが「サクリファイス」ということだと、はじめは思って読み進める。


もともとの性格もあるのだろうが、過去のトラウマにより、どうしても「自分が勝つこと」に意味を持てなくなった主人公が、ふいに勝ってしまうことにより、チーム内でのバランスが微妙になってくる。


そこで「お、ついに主人公が、チームの主役になっていく!?」のではない。
自転車レースのチーム事情から、どうしても勝たせる「エース」は必要だし、引っ張り役も必要。
その「役割」争いと「今」だけでないチーム内の戦いの歴史が、複雑な人間関係とその具象となるレースに関係してくる。


勝負ごとは、常に非情だ。
スポンサーがからむプロの世界では、ますますそうだ。
だからこそ、勝利は、冷酷なまでに突き詰めなければ、与えられない。
その冷酷さに、意味がある。


読んでみればわかっていただけると思う。
プロの世界故に、動じなく、どこか冷静な登場人物たちのたんたんとした真剣さが非常によく現れた小説。


「エース」を最後まで物語の表面に(ほとんど)出すことなく、まわりの言動による登場だけだった「客観性」のうまさも、この絶妙な世界感をよく表している。


★★★★★