第122回 後編

短編小説第122回、後編です。
え? 三回ものじゃなかったんだっけって?
やだなあ。二回ものっていったじゃないですかー。


……。
すみません。
間違いです。
なんで三回ものっておもったんだろ……。

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 たばこ農家だったはずの家は、火の不始末により破産した――。
 痴漢容疑で取り調べているはずの男が、過去を語り始めた。ぎらぎらした目つきで、人が変わったように喋り続けた。
「俺が痴漢? 冗談じゃねえ。あのガキ、ポケットの中にタバコをしまってたんだ。俺は、それを取り上げようとしただけだ」
「それから?」越谷(こしがや)は取調べなど、どうでもよくなっていた。男の過去が聞きたかった。「家族は? その火事の後、どうなったんだ?」
「両親は首をくくって死んだ。俺は、奨学金でなんとか大学まで進んだ」
「立派なものじゃないか」
「立派か? この“ざま”だ。人殺しだよ」
「殺してはいないんだろ? 少なくともわざとは」
「あんたには、わかるめえ。外を歩くと、誰かに見られてる気がしてならないんだ。人殺しが歩いているよ、と。俺には、もう人殺しの臭いが染みついてしまってんだ。この髪に、皮膚にな」
 越谷は、何も答えられなかった。容疑者の過去は、大抵似たようなものだ。不幸の末に犯罪に走る者も少なくない。男の与太話を聞き入っている自分が不思議だった。
「あんたにも臭うだろう? 俺が天然の犯罪者だと」男は血走った目で越谷を睨み付けた。
「お前は、生まれながらの人殺しか?」
 男は答えなかった。変わりに胸を膨らませて、大きく息を吐いた。タバコも吸ってないのに、その息は白く拡散していった。
 越谷は顔を上げた。なぜだか、息の向こうに男のもう一つの姿が見えたような気がした。
 青空の下、農作業に勤しむ青年。
 こいつは、一体どこから来た――?

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短編小説第122回、テーマ「タバコ」でした。
 越谷は男に顔を向けた。男の話には、なぜだか体を腐らせるような不快さと、蜜の味がする不幸の両方が含まれていた。