第114回

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 はるか昔、猫という生き物は、商人だった。
 とりわけ、これからのトレンドを先取りしたおしゃれを取り扱っていた。全国各地でさまざまな風土を表現したデザインを持ち寄り、築地市場に一堂に会した。
 当時から市場は、実に騒々しい。その夜も、もはやかぶり物に近い格好の猫たちが売買交渉に当たっていた。
「おや、マンゴーがモチーフですかニャ」
「ええ、最近売り込み中だニャ。あなたは苺柄のフードがかわいらしいですニャ」
 季節にもよるが、交渉は和やかに進められる。しかし、ケンカを始めた猫がいた。
「貴様、僕と同じ格好をするニャ」
「お主こそ、真似をすんニャ」
 二人、いや、二匹はわさびをテーマにした衣装に身を包んでいた。交渉がうまくいくコツは、他人とは違う衣装を自らが着用し、アピールすることだ。同じものがあっては、価値が薄くなってしまう。
「貴様なんか、蕎麦柄でも着てろニャ!」
「お主だって、ニョロニョロうなぎの方が似合ってるニャ!」
「おやおや、どうしたんですかニャ?」
 いがみ合う二匹に老猫が割ってきた。老猫は衣装を着ていない。買い付けしかしない猫だった。
「どれ、お二匹とも、私に商品を見せてくださいませんかニャ?」
 同じわさびと言っても、二匹の衣装には、微妙な違いがある。
「むむー、これは面白いニャ。もっと詳しく見たいので、持って帰っていいかニャ?」
 二匹は老猫の申し出を了承した。
 しかし、何日経っても老猫は帰ってこなかった。二匹は築地の仲間に行方を訊いた。
「あの方、旅だってしまったんだニャー」
 自分たちの知らないところに旅に出たのだと、二匹は思った。取り立てに行くのをあきらめた。

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短編小説第114回、テーマ「ローカル」でした。
前回は、「生(なま)」でしたので、しりとりのルールに従うのであれば、「ま」で始めるべきなのですが、このところ「まるで」「まったく」など、「ま」で続くテーマが多かったので、「生(ロゥ)」にさせていただきました。


Photo by (c)Tomo.Yun (http://www.yunphoto.net)