第111回(その2)

短編小説第111回、連続3回のその2となります。
「連載の間隔が開くと、じれったい!」という誰かのために、少し早めの更新です。

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 二人の歩幅がようやく合うようになると、橘(たちばな)は話を再開した。
「あなたに告白したときね、私は部長の子供を身ごもっていたの」
「え……部長って……」
 驚いた佐々良(ささら)は、二の句を継ぐことができなかった。橘は無言で頷く。二人が共通で部長と呼ぶ人間は、一人しかいなかった。当時もう五十に近いような中年。その頃、橘は二十代前半。
 佐々良は激しい怒りと、世の中すべてにゲロを吐きつけたいような不快感に襲われた。冷静を装うのに全気力を使う。本題はそこではない。話の腰を折りたくなかった。
「結局堕胎……中絶したんだけど、おなかが少し大きくなり始めていたから、社内では結構うわさになってた」
 橘にそんな様子があったのか、思い出せなかった。
「そう。あなただけ、まったく気が付いてなかったの」橘は困った佐々良を見て、口元をほころばせた。
 仕方がなかったかもしれない。それとも気づかなかったことは、残酷だっただろうか。
 プログラマとして運良く新卒採用された佐々良は、一つ一つの案件を終わらせるために、毎日が必死だった。まわりの社員に注意を払っている余裕はなかった。
「疲れ切ってた私は、あなたの無邪気さに惹かれたの。フラれちゃったけどね、こんな移り気な女、嫌だよなあって得心はいったわ」
 同期なのに、忙しかったせいで面識が少なかっただけだ。佐々良は首を振る代わりに、話の続きを引き受けた。
「でも、僕が君のことを好きになったのは、後ろめたい、とかそんな気持ちからじゃないから」
 橘から告白されたときには、断りを入れた佐々良だったが、それから半年後に、今度は彼の方が想いを告げた。

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短編小説第111回、その2でした。
次で完結します。


お、お楽しみに。