若い人には歴史の教科書かも 奥田英朗『東京物語』

東京物語 (集英社文庫)
奥田 英朗
集英社
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「これ、面白い?」っと訊かれたら、「悪くないけど、お勧めはしないかな」、と答える小説だった。
面白い、と素直には言えない。けど、別に読んでて胸くそ悪いとか、変な感じはしない。
なぜなら、最初から奥田英朗さんは「壮大なもの」「いい話」「愛と悲しみのエピローグ」といったドラマを書こうとしていないから。
とにかく「東京」の「物語」。
物語とも言い難く、むしろクロニクルだったかもしれない。


主人公にしても、その辺りが徹底されている。
一人の人間が70年代後半から90年代へ入る期間をどう過ごしたか、を短編のように区切って描いているのだけど、この主人公、決して良い奴でも、悪い男でも、英雄でも悪魔ない。
つまらないことで怒ったり、自分に甘く他人に厳しかったりする小者感ばりばりの人間。
作者がこの主人公に何かを成し遂げさせようとしていないことが窺える。


しかし時代、上記した70年代後半から90年代初頭という時代を、作者はどうにかして記しておきたかったのだろう。
東京と銘打っているが、芸能や風俗のトピックスをぼかすことなく織り交ぜてくる書き方は、東京だけでなく日本がどうやって動いたかを、きちんと映しだしたもの。
私は幼かったので、ごく当たり前に受け取っていたが、その時代と言うのは、今に比べれば、とんでもないスピードで日本が動いていた。
高度経済成長がバブルへと変遷し、どんどん派手なもの、新しいものが生まれてくるのが、当然と見なされていた時代。


(いいのか、悪いのか)恩恵にあずかれなかった私たちにはともかく、「バブルなんてものがあったんだよ」という話を聞かされる若い人から見たら、歴史の教科書のように思えるかもしれない。
年代によって、受け取り方が違う小説のようだ。


★★☆☆☆