ラジオの入る朝

鉛のように重たい腰を上げて会社に向かおうとすると、ぼそぼそと話し声が聞こえた。


私の部屋は角部屋で、こういうことは、決して珍しいことではない。おそらく外で誰かが話しているのだろう。
そうタカをくくったが、どうも様子が違った。


こちらにむかって話しかけてくるような、それでいて優雅な囁き声。
窓の外にも誰もいない。
この部屋の中から聞こえる?
この部屋に、私の他に誰かいただろうか。
時計の針を12時間ずらしても、ホラーな時間じゃない。
悪い魔法にかかって、透明人間にされてしまった友人が助けを求めているのだろう。
いい気味だ。
かわいい奥さんのいる君とやもめまっしぐらの私とのバランス調整が働いたのだよ。
それで片づけても良かった。


しかし、どうにも妙だ。
耳を澄ますと、どうにも交通情報や天気のことを話している。
……ラジオだ。
いったいどこの局を拾っているのかわからないが、ラジオを設置していない我が部屋において、明らかにラジオの音が響いていた。


娯楽のほとんどをMacに任せている私は、スピーカとMacをつなげている。
必然的に犯人は、Macかスピーカのどちらかにしぼられた。
音声の出元は、もちろんスピーカ。
しかし、スピーカは命令された音を出力するのみである。
購入したのは、もう何年も前だが、ラジオ機能がついていたなんて記憶にない。
そんな能力はないはず。
Macが犯人だとしたら、電波を拾うことができるのは、無線LANだろうか。
無線LANがラジオの電波を拾う。
そんな都合の良い話しはないだろう。ソフトウェアではどうにもならないこともある。
ラジオの電波を拾えるハードが必要なのだ。電波を拾うことのできる。


そこで気がついた。
ケーブルのさきにあるプラグだ。
プラグ部分は金メッキに覆われた金属で、条件さえ良ければ強い電波を拾うことが可能だろう。そしてスピーカにつながっている……。
うん、電波が侵入するには、うってつけの場所だ。


やはりきちんとしたラジオではないので、音声をはっきり聞き取ることはできない。ぼそぼそと、何となく話している内容がわかる程度。
おもしろいからこのままにしておこう。
しかし、小さな声でぼそぼそと話す男の声は、たいてい渡辺正行に聞こえる。